47 駿也(SYUNYA) 「駿也、七海のあれは本当に気にしなくていいから。誰にでもああなんだ」
七海さんと別れた後、泰明がそう苦笑しながら言うけれど、だから…それはそれだけ七海さんにとって泰明が特別って事じゃないのだろうか…?と駿也はつい顔を俯ける。
「……ん」
小さく頷くけれどどうしたって顔を上げる事は出来ない。
電車に乗り込むけれどどうしても駿也は顔をあげられないまま、泰明の利用する駅に着いてしまう。
「泰明…?」
着いてドアが開いたのに泰明は降りる気配がない。
「ん?ああ、お前の家まで行く。電車賃は心配しなくていい。駿也をちゃんと送ってけって電車賃くれたから」
泰明のお母さんか。
泰明のお母さんも駿也に優しいんだ。
家まで泰明がついて来てくれる…じゃあ家に着いて、自分の部屋でなら泰明に好きって言えるだろうか?
散々三浦くんと柏木に言われたけど…。
顔が熱くなって心臓がどきどきしてきた。
「駿也?」
「え?」
泰明がすっと手を伸ばして駿也の額に触れた。
「熱じゃない、な?」
「…ない、よ」
それだけでさらにどきっとしてしまう。
でも泰明は全然普通そうなのにやっぱり告白なんてやめようか、とも思ってしまう。
でも柏木と三浦くんに言ってもらった言葉に自分からちゃんと言ってみようと駿也は思った。
今まで誰にでも自分から話しかけるとか積極的にした事はなかった。
いつでも受身だった。
変わりたい、そう思った。
でもどうしても気になるのは七海さんの事だ。
それに泰明もいつもと比べるとどことなく変。
表情がいつもより固い感じがする。
泰明はにこやか、ではないけれどいつも悠然とした雰囲気なのに今日はなんか違う。
思わず駿也は泰明を見上げた。
「ん?」
泰明が駿也の視線に気付いて促してきたけど駿也はただ首を小さく横に振り顔をまた俯けてしまう。
「…なんでそう何も言わないのか」
小さく泰明が呟いた。
駿也の事、なのかな?
言わない…だって、言えないから…。
泰明がなんとなくいつもと違うので駿也はせっかく三浦くん達に好きと言えと後押しされて言ってみようかと思った心がもう折れそうになってきた。
電車から降りても無言で駿也の家に向かう。
いつもはなにかと泰明が話しかけてくれるのに全然話しかけてもくれない。
学校を出た時は七海さんとは普通に話していたのに…。
どうして…?
隣を歩いているのに、泰明が遠い気がする。
今日は泰明は駿也をいつもの様に気にかけていてくれるけどでも何かが違う。
朝は普通だったのに…今は時折じっと泰明が駿也を見ている時がある。
その微妙な空気に駿也は動揺してしまう。
だって…泰明に放り出されるのが嫌だ。
やっぱり付き合うのはなし、とか言われたら…。
だってあんなに七海さんとは…。
どれもこれも七海さんと比べてしまう。
だっていつも泰明は七海さんといるのが多いから。
そういえば小学校の頃から一緒だった気がする。
駿也よりもずっと一緒に過ごした時間は長いし多いわけで七海さんに敵うはずなんてないだろう。
でもやだ!
駿也にはもう泰明しかいないのに。
八月朔日と普通に話すようになった。三浦くんと柏木とも。
でもそれも泰明がいたからだと思う。
いなかったらきっと駿也は何も変わってない。
ずっと一人なんだ。
じわりと目が潤んできそうになるけれどそれを堪えた。
やっぱり三浦くんや柏木のように自分だってちゃんと泰明の特別な好きがいい。
…なれるなら、だけど…。
でも昨日は…。
もう頭の中がぐるぐると回転しっぱなしだ。
前向きになる気持ちと後ろ向きになる気持ちが交代交代で駿也を襲ってくる。
ふるふると駿也は小さく首を横に振った。
泰明はこうして今だって駿也にわざわざついてきてくれている。
柏木に言われた事を思い出して心を奮い立たせた。
好きと伝えたら変われるだろうか?
泰明の好き、に自分がなれるだろうか?
そんな自信なんてどこにもないけれど、それでも柏木の言ってた言葉に納得した部分はあって、少しは泰明の特別だと思える。
少しじゃなくて、泰明の特別が自分だけになりたい。
そんな事を思ってもいいのだろうか…?
それともこんな事を思ってるなんて泰明に知られたら嫌われてしまうのだろうか?
我儘なのは分かっている。
でも止められない。
だって七海さんが泰明に触れてるのが、いつも隣にいるのが不安で仕方ないんだ。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学