48 泰明(TAIMEI) 駿也の教室の前を通った時、駿也が八月朔日となにやら顔を近づけ、顔を真っ赤にしながら楽しそうに話しているのを見かけた。
今まで誰にもそんな態度など見せたことがない駿也が、だ。
あの顔は泰明の前でだけのものだったのに…。
優しくしてくれる人なら別に泰明でなくとも駿也はいいではないかという穿った考えまで浮かんできてしまった。
それにどこか駿也の様子がおかしいし、何かを言いたそうにするけど口にはせずに俯くだけ。
そこにもまだ自分に対して駿也が心を開いていないのだと焦燥感が湧いてくる。
何となく重い空気のまま駿也の家に着いてしまう。
いつ来ても誰もいない家。
温かみが感じられない家だと思う。
由梨の婚約式の時に会った駿也の父親と義母の雰囲気をそのまま反映したかのように上辺だけが立派な家だ、といつも思ってしまう。
元々駿也から気さくに話しかけてくるなんて事は滅多にない。まして今は泰明の複雑な思いを肌で感じて余計に口を開かないのだろう、というのも分かる。
それでも駿也から話しかけてくれればいいのに…。
そうしたら安心する事が出来るのに駿也は俯いているだけだ。
はぁ、と思わず泰明は小さく溜息がもれてしまう。
無言で駿也の部屋に向かった。
ぱたんとドアが閉まると駿也が俯いたまま立ち尽くす。
「駿也?」
どうかしたのか?
呼びかけると駿也が顔を上げ、そして顔を泣きそうに歪ませて泰明を見て口を開きかけた。
…が、閉じてしまう。
そしてまた俯いた。
「駿也?なんだ?言いたい事あったら言え?」
すると駿也が小さく首を横に振った。
なんでこんなに我慢ばっかりするのか。
いや、きっと駿也はこの家で幼い頃から我慢ばかりしてきたのだろう。だからこそ自分には何でも言ってほしいのに。
はぁ、と泰明が大きく溜息を吐き出すと駿也がびくんと肩を震わせた。
「…少しは三浦くんみたいに素直に言えばいいのに」
そう溜息と一緒に呟いた。
すると駿也が弾かれたように泰明の顔を見て、そしてさらに顔を歪ませていった。
「…駿也?」
「…そ、んなの…分かってるっ!…分かってる、けど……泰明は…俺と、三浦くん…を…比べる、事……ない、って…おも、てた…のに……やっぱ…比べる、んだ…?泰明、だけ、は…ない…と思って…たの……に…」
ぼろぼろと大粒の涙が駿也の双眸から零れてきた。
「駿也!比べてなどないだろ?」
「だ…って……!三浦くんのほうが…素直で…って…俺、違う…の分かって、るけどっ!可愛くだってないって…分かってるけど……泰明が……言うの…やだ…っ…泰明……俺、の事…やだ?三浦くん、の方…可愛い、の……仕方ない、けど…」
大泣きしてる駿也の身体をそっと抱き寄せた。
「誰がいつ三浦くんの方が可愛いって言った?それに比べてもない。なんでそんな???」
「だって……俺が、見ても…可愛い……いいな、って…思う。俺、こんなだし…泰明だって…三浦くんの方…素直って…俺、違う…から…」
「ああ!もう!意味が違うだろ!?素直だから可愛いなんて一言だって言っていない!駿也が我慢しないで素直に言いたい事を言えればいいのに、という意味だけだ!比べた事なんて一度だってない。駿也は駿也だろ。素直じゃなくたってお前は俺の中では可愛い、だ!ただお前は我慢しすぎてるから。我慢しないで言いたい事を言えばいいのに、と。俺にまで我慢するなんてしなくていいのに、とそういう意味だ。他の奴にまで素直になんてなんなくていい!俺にだけは我慢しないで全部言え!」
「泰明、に…だけ…?」
「ああ。俺だけに、だ」
「俺、…泰明、だけ…だよ…?」
「ああ?何が!?」
八月朔日にだって顔赤くしてただろうが!とはさすがに自分の狭量さ加減が恥かしくて口に出来ない。
「俺……好き、なの…泰明…だけ、だから……」
泰明は抱きしめていた駿也の身体を思わず離して、肩を掴み駿也の顔を覗きこんだ。
「好き?どんな?」
「どんなっ!?」
駿也の顔が涙で濡れて、そして耳まで真っ赤になっている。これがまぁ壮絶に可愛いけれど…。
「…ホントお前可愛い…」
「な、なに…が…?だって…泰明は…」
駿也がまた何か言いたそうにしてそして口を閉じたのに泰明は顔を寄せてキスした。
「駿也が言った好きはこういう意味でいいのか…?」
「それ、以外…何ある、の…?俺…泰明だけ、なのに…」
「俺だって駿也だけだけど?」
「嘘だっ!三浦くんは素直でって言った。七海さんは綺麗って言った!」
「いや。それは一般論だろ?一般論でいえば駿也だって綺麗で可愛いだけど?」
「違うっ!」
駿也はまた泣き出しながら否定した。
テーマ : BL小説
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