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2012.09.23(日)
「何が怖い?」
怜の低い声が明羅の耳に響いた。
「……今がなくなるのが」
「………なくなるのか?」
「だって、俺何もしないで好きな事ばっかりやって、怜さんに甘えてばっかで…」
「全然甘えてなんかこないだろ」
「甘えすぎだよ!」
「どこが~?全然。しかも、お前の中では今がなくなってしまう前提か?」
怜の憮然とした声が耳元に聞こえてきた。
「そうじゃない」
「そうだろうが」
はぁ、と怜が溜息を吐き出した。
「まったくお前は…。俺はさっきまじで宗をどうにかしてやろうかと思ったぞ」
「…宗は聞いてくれただけだよ」
「だから!それさえも!俺には何も言わないで一人でぐるぐるしてんのに、なんで宗には言えるんだ?…面白くない」
ぐっと怜の腕の力が強くなった。
「……自分で言うのもなんだが、俺はダメな人間だぞ?はっきりいって何もしなくても別に困りはしない。やる気もなにもなくて。年1回のコンサートだってお前がいたから続いた様なものだ。あの子供が毎年来て睨みつけるように見てたから。また来るか?それだけでやってたようなものだ。じゃなかったらきっと10年もコンサートなんてしてない。ピアノも。あの子供が愛想つかさないか、それだけの為に練習だってしてたようなものだ」
「え?」
「お前、前に言っただろう?俺の音だけで10年だって。だからあと100年ももつだろうって。そのまま返してやる。お前がただ見に来てただけで10年だ。今、ここに横で聴いてるならあと何百年だってもつよ。…お前が愛想つかさない限りな。…お前の曲があったからコンサートやる気になった。ピアノ協奏曲だってする気なんてなかったけどお前のだったらする。もしくはお前が望んでいるならいくらでも、なんでもやってやる。明羅が望まなくなったらやめるよ」
「そんなのダメだっ」
「だったらここにいろ」
明羅は怜の顔を埋めたまま頷いた。
「…お前ほんとわかってないよな…。あんな曲作っておいて。多分休む間なんてなくなると思うけど?小さいのは断れよ?」
「…何が?」
「曲。…ピアノ協奏曲だって。あれ、俺からしたら人間業じゃなく見えるけど?」
「でもあれだって…お父さんがたまたまベルリンにいるから…」
「馬鹿な子がいるよ、まったく。あの人達は明羅の親だろうけど、その前に一流の演奏家だ。親よりも演奏家を選んだ人達の耳が選んだ曲だぞ?あれが使えない曲だったら即座にあの人達は切り捨てるだろうさ」
「あ……」
明羅は涙を止めてやっと顔を上げた。
「お前の家で披露して、曲も使える、俺も使える、だからオファーがきたんだろうが。世界の名を取っている人が子供だからって妥協するはずないだろ。むしろもっと厳しく見るはずだ。それが文句なしってことはどれだけか」
「……そ、う…?」
「だろ。実際俺はあの人の言葉に驚いたけど?お前にオケの分弾けって言った時。お前やだって言っただろ?それになんて言ってか覚えてるか?」
明羅は首を振った。
「ピアノの部分は無理でもオケの分なら弾けるだろう、って言ったんだ」
「ああ!うん。だって俺では一流のピアニストの音は出せないから。それ知ってるからでしょ」
「………だから、そこ納得してるのが俺には考えられないって。そこからしてお前はもう世界を見据えてるってことだろうが。俺の方が嫌になってくるよ、ほんと…。こんな所で燻ってる俺でいいわけ?と俺の方が焦る方だろうが。とりあえず明羅のご両親に合格点貰えたのには本当に心からほっとしたけど」
「そ……?当然だと思うけど」
「………あ、そ」
怜が苦笑した。
「…今更ながらやばいことになりそうな気がしてきた」
「え?」
「お前パスポートある?」
「あるよ」
「だろうな…。俺は…切れたか。作っておいたほうがいいかも…」
はぁ、と怜が明羅を見て嘆息する。
「わかってないよな?お前のお父さんがいるところは世界でも一流のオケだ。そこで演奏されたらどうなると思う?」
「あ……」
全然何も考えてなかった。
「…怜さん、世界デビュー?」
「………いや、だからそこ俺じゃないだろ」
怜が頭を抱えた。
「とにかく、なんでもかんでも引き受けるな。お前が本当にしたいやつだけ仕事は受け取れ。いいな?」
「……うん」
よく分からないけど明羅は頷いた。