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熱抱擁 amoroso~愛情豊かな~1

【宗視点】


 「秘書をおいてください」
 「いやだ」

 また始まった、とフロアにいる全員が思った事だろう。
 もう何度も繰り返されている会話。
 「……そろそろ宇多君を呼んでもいいのではないですか?」
 少数精鋭。
 とはいっても社員数が増えてきている。
 社長であり、CEO(最高経営責任者)でもある二階堂 宗にとって宇多 瑞希が特別な存在である事はここにいる全員が知っている事だ。
 社長でも宗は一緒のフロアで机を並べている。
 おまけにここにいる者は誰もがずかずかと意見する。
 その下の部下はまた別のフロアなので、今ここに揃っているのは本当に宗の手足となっている者ばかりだ。

 宗が会社を立ち上げたのは結局大学卒業する頃で、それからすでに2年が経った。
 未だ瑞希は二階堂商事に在籍している。そろそろと宗も考えていたけれど…。
 「宇多くんを秘書に…」
 COO(最高執行責任者)でもある坂下が言うのに宗はむっと口を結んだ。
 「瑞希を?勿体無いだろう!」
 「ええ!勿体無いです!でもだったら誰があなたの秘書なんて出来ますか?それに別に私は宇田君をただの秘書にとは思ってませんよ」
 「…どういう事だ?」
 にこりと坂本が笑った。
 「宇田君は唯一貴方を動かすことが出来る貴重な方です。それに仕事もできる、見目もいい。全部を兼ね揃えた方です。それに結局は二階堂商事からの引き抜きという事ですからそれなりの地位を用意して…」

 「いや、アレは地位なんかいらないと言うと思うけど…」
 「宇田君はそう言うでしょうが、そういう問題ではありませんので」
 ん~~~…と宗も唸って黙る。
 こういう所は坂下には敵わない。
 「瑞希のこの会社での立場というのに俺は口を出さない事にする。お前達で決めろ。ああ、瑞希にもちゃんと聞けよ?」
 「承知しております」
 坂下が悠然と笑った。

 そしてフロアにいる皆が満面の笑みを浮べてこくこくと頷いている。
 その満足そうな顔に宗が苛立った。
 「なんだ?お前らのその顔は?」
 宗がぐるりと見渡した。
 「だって~!宇多君いたら絶対二階堂くん機嫌いいし!二階堂君が横暴な事言ったら止めてくれるし!それに何ていったって目の保養だし!いい事だらけだもん」
 すくっと立ち上がって言ったのはCFO(最高財務責任者)の川崎 恵理子だ。
 ここにいるのは会社立ち上げの前からいるメンバーで、人前では社長とか、CEOと呼ぶがここではそんな畏まった言い方はしない。
 ここにいるのは宗が選んだ人物ばかり。TPOはわざわざ言わなくてもきっちりと線引きされている。

 「……横暴な事言ったって黙って聞くようなお前達じゃないだろうが」
 「え~そんな事ないよ~」
 うんうん、と皆が頷いてるのにちっと宗が舌打ちする。
 「でもちゃんとTPO弁えて下さいよぉ?あ、私的には全然OKなんだけど。むしろカモン!」
 宗は頭を抱えてじろりと恵理子を睨む。
 「こわっ」
 立ち上がってた恵理子がすとんと椅子に座ってまた静かにPCに向かった。
 黙ってりゃ美人で通るのに口を開くと宗が理解しないような事を口走る恵理子にはいつも辟易してしまう。
 
 NDベンチャーキャピタル。
 宗が立ち上げたのは有望なベンチャー企業へ資金提供する会社だ。
 二階堂の名も最大限に利用した。
 利用出来る物は利用する。
 バックに二階堂が控えているのを知れば資金調達も楽とまではいかなくともある程度の信用は貰えた。
 実際の所勿論別会社だ。二階堂商事の社長である父は何も言ってはこない。宗が二階堂の名を利用しているのは勿論知っているだろうけれど、それに対し沈黙を守っている。
 どれ位の物か、と宗を計っているだろう事は分かりきっているけれど。

 宗は今も父の会社で働いている瑞希を想った。
 ここに瑞希が…。瑞希の為に空けてある席を眺める。
 いつも思い描いていた。 
 やっと手元における。
 そう思えばどうしても表情が緩んでくる。
 「……そんな顔なさるならさっさと呼んでしまえばいいのに」
 はぁ、と坂下が呆れたように宗を見ていた。

 まだ人の顔見てたのか…。
 ふん、と宗は鼻を鳴らして照れ隠しをした。
 会社は順調だ。瑞希とも変わらず。
 それでもこうして仕事の間離れているのがいつも心配で仕方ない。
 それが自分の手の届く範囲に置けるなら顔が緩んだって仕方ないだろうが。
 宗は開き直る。
 やっと、だ…。
 顔を締めようとしてもどうしても口角が上がってくる。

 はっと宗が顔をあげるとフロア全員がPCの手を止めて宗を見ていた。
 「………仕事しろ」
 宗がぼそりと呟けば止まっていたキーボードの音が一斉になりだした。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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