【宗視点】
「ただいま」
すでに瑞希は帰ってきていて玄関まで夕飯の用意のいい匂いが漂ってきていた。
「おかえり」
ぱたぱたと出てくる瑞希は変わらず美人だ。
宗が24だからもう28。
とても28に見えないくらい若く見えるけど、でも大人の色香さえ匂ってきそうでやっぱり早くに手元に置くに限る。
その迎えに来た瑞希の体を宗が掴まえるとキスする。
「そ、宗…?」
毎日の事なのに、それでも瑞希はいつもうろたえる。
時には大胆にもなるのに、こういう所がいつまでも可愛い。
「…会社に退職届けを出しておけ」
「え…?」
瑞希がはっとしたように宗を見上げた。視線を絡ませて、そして頬を紅潮させると小さくこくりと頷く。
「やっと瑞希を傍における…」
「…宗…。嬉しい……よかった……俺、いらないのかと、思ってた…」
瑞希がぽつりと呟いた。
「そんなわけないだろう!落ち着くのに時間がかかりすぎただけだ…。俺の力がないから…。すまん」
「違う!宗は凄いよ!だって自分でしてるのに…」
「俺は微々たる力しかない。皆のおかげだ」
「…うん…本当は…俺だって、宗と一緒に最初から手伝いたかった、のに…」
瑞希が俯く。
一緒にと言う瑞希をいいから、と断っていたのは宗だった。
会社立ち上げはかなり不安要素がいっぱいだった。それでも無理に宗が推し進めた為にかなり際どかった時期もあった。
それがやっとレールに乗り、走り出した所だ。
「…俺だけ今までのうのうと普通に働いて…宗の会社のなんの役にも立ってないのに…」
「瑞希はいいんだ…。親父んとこで力を磨いただろう?」
「……どう、かな…?」
不安そうな顔。
いつまでたっても瑞希は自分に自信がなさそうだ。
でもそれを見せるのは宗にだけだ。
外では凛としてそんな気など微塵も見せない。
「あ!火つけっぱなし!」
瑞希がぱっと宗の腕を逃れてぱたぱたとキッチンに戻っていくのに宗は思わず瑞希を離したくない衝動にかられる。
毎日一緒にいるのに未だに一時だって離したくないと思ってしまうんだからどれだけ惚れてるんだと苦笑が漏れてしまう。
そんな宗の気持ちなど瑞希はまったく理解していないらしい。
いつまでたっても瑞希の中に不安が居座っているのだ。
きっとそれが瑞希の中からなくなる事は決してないのだろう。
それなら宗が出来るのはそれを軽くしてやることだ。
ちょっとした事にも瑞希は不安がり、そして常に宗が瑞希を捨てるのではないかと思っている節がある。
ここ最近は特にひどかった。
口に出しはしなかったが、視線がいつも不安げに揺れていたのは知っていた。
そしてさっきの瑞希の言葉になるほど、と宗は納得した。
いらないのかと思ってた、そう言った。
あれが原因か。
はぁ、と宗は頭を抱えながら靴を脱いで中に入った。
言葉で、態度で、いくら示しても瑞希に届かない時がある。それがもどかしくて仕方ない。瑞希は自分の中に全部を閉じ込めてなかなかそれを吐き出さないからいつも宗ははらはらしてしまう。
それを考えると瑞希はまだまだ自分を信用していないのだと言われている様で面白くはない。
そういう意味じゃないというのは分かっているつもりだが…。
親にまで捨てられた自分が必要とされるはずがないというトラウマがどうしても瑞希から抜けない。
そして自分なんかが、とよく言うのも変わらない。
その度に宗が正すので口にする事はなくなったけれど心の中ではまだきっと思い込んでいるんだ。
宗に会うまで22年間そうやって瑞希は生きて来たんだ。
自分と会ってまだ6年。
月日を考えればまだまだ時間がかかるだろう事は分かっている。
瑞希の望むように、安心出来るように、すべてを委ねられるように自分は大きくならなくてはならない。
「瑞希」
キッチンで動く瑞希を抱きしめる。
「宗、着替え!スーツ汚れちゃうよ?」
「いいよ、別に」
「よくないから!だめ」
瑞希の声が心地いい。
腕にしっくりと馴染む身体。もう数え切れないほどその身体を抱いてどこもかしこも全部知っているのに未だにいつでも離したくない。
「宗、着替え、して…?」
「……分かったよ」
可愛く言われたら頷くしかない。
「……本当に分かってないよな…」
「何が?」
「いや、なんでもない」
首を傾げる瑞希に軽くキスするとやっぱり瑞希は照れくさそうにしていた。
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